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インタビュー記事 - 採用担当者の声 - |RICOH《前編》

リコージャパン株式会社 岡田 良介(オカダ リョウスケ)《前編》RICOH《前編》

岡田良介(オカダリョウスケ)

中学校2年生から大学卒業までの学生時代をオーストラリアで過ごし、卒業後は日本に戻り日本放送協会(NHK)で約1年半字幕を作成する仕事をした。その後、学生時代の友人を訪ね韓国へ渡りそこで大学の日本語講師として5年間過ごした後に、リコージャパン株式会社に入社しマレーシアで勤務することとなった。

人生のカギは人間力

〜前編〜

岡田さんは英語が非常に堪能ですが、どこで学ばれたのですか?

語学とグローバル性を学んだ学生時代

中学校2年生から大学卒業までの学生時代をオーストラリア・シドニーに留学し、英語はそのときに学びました。当時のオーストラリアには今のような数の日本人はほとんどいなくて、その代わりに韓国人がたくさんいたので、学生時代に一番仲良くなった友人は韓国人でした。他にもオーストラリア人だけじゃなく色んな国の友人ができました。それこそ今のマレーシアは多民族国家で子供の教育に良いと言われているように当時の僕はまさにそんな感じで若いときからグローバル性を育める環境に恵まれていたのかもしれません。中学生のうちからネイティブの英語を学べたことと色んな国の友人に出会えたことは本当にラッキーでした。

日本で仕事をした経験はありますか?

ご縁があってNHKへ

ありますよ。実はNHKで働いていました。日本語の字幕をつける仕事です。英語のニュースとかありますよね? あれに字幕をつけていました。学生時代に少しだけNHKでアルバイトをしていたんですが、僕は直ぐに人と仲良くなる質なのでバイトをしているときにNHKの社員さんと仲良くなったんです。アルバイトを辞めるとき、その人に「大学卒業したらうちで働きなよ。連絡してよ。」と言われて、卒業後日本に戻ってから本当に連絡してみたら「うわ〜こいつ本当に連絡してきたよ・・・」みたいな空気になったんですけど(笑)、結果的には本当に雇ってもらえました。ここでは1年半ぐらい働いていました。

NHKを辞めた後はどこでどんな仕事をされていましたか?

日本が合わず韓国へ

NHKを退職してから韓国へ行きました。シドニーでの学生時代に仲良くなった韓国人の友人が、その頃韓国に住んでいたので。韓国へ行く前は、次はどんな仕事しようとかあんり考えていなくて、ちょっと息抜きするぐらいの気持ちで行ったんです。ところが、韓国で塾を経営していた友人のご両親がその塾で「日本語講師をしてみないか」と僕に声をかけてくれたんです。そこでアルバイトとしてしばらく日本語講師をすることになったのですが、生徒の一人に大学の教授がいてあるとき教授に「大学に講師として来ないか」と誘われて、韓国の大学で日本語を教えることになりました。韓国に来て大学の講師になるとは夢にも思いませんでしたが、結局5年間日本語講師として働きました。

どこへ行ってもやっていける極意はなんだと思いますか?

どこへ行っても”人×人”

うーん、僕の場合は、単に人に恵まれていたんだと感じています。どこの国だろうがどんな仕事だろうが重要なことは”人×人”だということです。人間はどこに行っても人と関わらなければ生きていけません。僕は意識的に人との出会いを非常に大事にします。他人から得られるものは本当に宝ですよ。全く違う価値観や文化を見ることもできますし、そこから新しい世界が開けることもあって。そうやって多くの人と出会ううちに僕自身の人間力が磨かれていくんです。オーストラリア、日本、韓国、マレーシアと国も文化も全く違う場所でうまくやっていけるのは僕に関わってくれる全ての人たちのおかげです。これからもそれは変わりません。多くの人と出会ってそれぞれの出会いを大切にします。それが僕の極意です。

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