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  • インタビュー記事 - 採用担当者の声 - |帝京マレーシア日本語学院《前編》 [19/02/2016]

インタビュー記事 - 採用担当者の声 - |帝京マレーシア日本語学院《前編》

帝京マレーシア日本語学院 近藤 洋子 (コンドウ ヨウコ)《前編》帝京マレーシア日本語学院《前編》

近藤 洋子 (コンドウ ヨウコ)

幼い頃からずっと変わらず教師になりたいと願い、英語教師として教壇に立ち始めた。結婚後は子育てに専念するため一度は教職から離れたものの、今度は日本語教師としてのキャリアをスタート。現在は帝京マレーシア日本語学院の校長として教壇に立っている。

学生によりそって 〜前編〜

マレーシアに来た経緯を教えてください。

主人の転勤で最初はシンガポール、その後、マレーシアに住み始めることになりました。それが1997年でした。日本にいたころは海外に住むことになるなんて考えもしませんでしたし、まさかマレーシアの日本語学校で校長として働くことになるとは夢にも思いませんでしたね。マレーシアに来た当時はまだ帝京マレーシア日本語学院はありませんでした。こちらに来て、数ヶ月経った頃、主人が日本語学校開校の記事を読んで、学校に電話して応募したんですよ(笑)。日本で3年間日本語教師として働いた経験と、主人の勧めもあって、設立されたばかりの帝京マレーシア日本語学院で働くことになりました。

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日本語教師になったきっかけは何ですか?

子供の頃からずっと教師になりたいと思っていました。どの教科の教師になりたいというのではなくて、ピアノを習い始めたときには ”ピアノの先生って素敵だな、よし! 音楽の先生になろう” と思ったり、子供の頃はすごく活発な子供でしたので ”運動好きだな、体育の先生になろう! ” と思ったり、コロコロ変わっていました。ですが “教師になりたい” という気持ちだけは不思議と変わりませんでしたね。実際には、英語の教師になったのですが、結婚後子育てに専念し、日本語教師になったのは子どもの手が離れてからです。

マレーシアの学生はどうですか?

マレーシアの学生達はとっても素直ですよ。一生懸命勉強する学生ばかりです。現在、190名ほどが学んでいますが、どの学生も日本へ留学したいという気持ちが強く、毎日必死に勉強しています。多民族国家マレーシアの縮図のように、教室ではマレー系、中華系、インド系の学生たちが机を並べています。真剣に取り組んでいる学生と真剣に向き合うので、やりがいを感じます。

・・・後編に続く。

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